「F1種野菜」が危ない(現場報告)

「F1種野菜」が危ない(現場報告)

ネット上を調査すればするほど日本の農業は崖っぷちにあるように思われます。数十年も前から自民党に保護され甘やかされてきた結果として現状があります。農協という巨大な組織が農民を食い物にして来たのである。農民は農民で農作業を楽な方に楽な方に誘導されてきたのである。その結果、農薬にまみれた田畑、水生昆虫から、魚までいなくなった田畑、遺伝子組み換え技術等の採用で固定種がなくなり「多様性」もなくなった。さらに放射能に汚染されたところもある。自民党は自動車産業を守るため日本の農畜産物を犠牲にして、海外の農畜産物を輸入している。野党はと言うと、票田としての農業に魅力を感じないため誰ひとりとして日本の農業・食品が絶滅の危機にあることに関心を持たない。日本の学者も同じである。指摘する学者は数少ない。補助金・研究費がもらえないからであろう。ここまで日本は落ちぶれてしまったのである。海外の人からも「日本の食品は安全だ」というの幻想にすぎないという噂は聞こえてくるようになった。日本のスーパー・コンビニの食品は危険だという外人さんは多くなってきている。

大和ミツバチ研究所

URL:http://bee.agriart.info/?p=606

から抜粋

「そして、充分力のあるモノを自然が選べるようにする。
100以上の種を蒔いて、20程の苗が出来ればいいんじゃないか、という具合です。
沢山の種が手元にあるわけですから、無理なく出来るのです。

 

ところが、今の農業の実態は、驚くことに種を採らない!農業に変わっています。
近くの園芸店や農業店を6店ほど見て回りましたが、販売している野菜の種のほとんど90%以上は、F-1や交配種というものになっています。F-1や交配種とは、植物の味覚や育てやすさなどの良い点を持った品種を人工的に交配して作っているもので、種を植えて出来た作物はその品種の性格を備えていますが、その種は、その限りではないというモノです。(※F-1や交配種の意味は、その他の定義がありますが、本文では上述した内容とします。)即ち、毎年種を買って、苗を作り野菜を作るということです。
苗を買う場合も、ほとんど、F-1や交配種の種を蒔いて作りますから、同じように毎年苗を買う事になります。それに対して「固定種」という種があります。これは昔ながらの種です。植えた野菜から優秀な種を採って、種まきをする。そしてまた、良いと思う苗を選んで、また植える、循環農業の種です。
昔の熱心な農家は、この種の優劣で差別化を行っていたのですね。
そして、秘密にもしていたんです。ところが、現在は、お金を出せば作柄の良い(F-1や交配種)苗や種が手に入る。一番おいし所、オリジナルなところが欠落してしまっているんです。
お米のほうも、種籾を自分で採って、それを植えるという循環農業は少なくなって、ほとんどの農家は、農協等から田植機に上手くセットできるようにパレットで販売されている苗を購入して使っています。
お米の場合、種籾を自分で収穫しようと思うと、コンバインという機械で刈り取る前に、一つ一つの株を見て良いものを選び、手作業で事前に刈り取る必要があります。(しかし、田植機で植えた場合、3〜5本の稲の苗を一カ所に植えてしまうため、刈り取る時期に一つ一つの株を見て選びこと自体が難しくなります。うちの農園では、一カ所に一本の稲の苗を手植えする、つまり、1株が1本の苗から出来ているので、その勢いや、穂の付き具合、実り方を他の株と比較しやすいのです。)その後、刈り取った稲は、2〜3週間、天日干しして脱穀して、というプロセスを経ます。機械で行う農作業は、人が直に稲を触ることがほとんど無いため、お米の良し悪しのニュアンスが籾の見た目での判断なので、だいぶ違ってきているようです。
以上のような状況が、現在の農業の「種」から見た状況です。
・・・ということは、
種を採らない農家の野菜は、「地産」といえるでしょうか?
「地産地消」と称して、いろいろ活動までしている団体や組織がいっぱいありますが、ほとんどの農家が、F-1や交配種の種や苗で育てた野菜は、どこかの工場で作った野菜の種を、また野菜の苗を植えて育てた「地育地消?!」と呼ぶべきでしょう。明らかに、循環が途切れた農業になってしまっているのです。
・・・でも、しかし、誰も不思議に思わない!?
社会的ニーズに応えて、大きくて、甘くて、おいしい野菜が沢山出来れば良いというのが、現在の経済合理性を追求する農業の方向性なのです。
作る喜び、育てる喜び、創造的喜びを失った農家から生まれる野菜は、さほどの愛着も、自信も信頼もないモノだと、感じてしまうのは思い過ごしなのでしょうか?

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本当の野菜とは

たしかに市場経済の観点で言えば、効率よく大量に作れるF1種の野菜は文句なしの優等生かもしれません。しかし、野菜は生きものです。人間の都合に合わせて、種をつける力まで削がれた野菜に違和感を抱く人も少なくないでしょう。
F1種の便利さだけに流されていったら、本当の野菜が途絶えてしまうのではないか。そんな危機感を抱き、固定種の種を次世代へつないでいこうとしている人たちもいます。「いまや世界中の人々が、子孫を残せなくなった野菜を食べています。それは自然界から見れば不自然なこと。F1の種しか残らなくなってしまってからでは、もう後戻りできない。だから自家採種できる固定種を売っているんです」と語るのは、野口勲さん。埼玉県飯能市で、自家採種できる固定種を400~500種も扱う種屋さんです。
種は長期保存できません。誰かが毎年育てて採種し続けないと、この世から消えてしまいます。その意味で、野口さんが期待するのは、自分で育てて種を採ることのできる家庭菜園愛好家の存在。みんなで育てて自分で種を採っていけば、それが最高のシードバンクになるだろうという発想です。

URL:https://www.muji.net/lab/food/130515.html

から抜粋

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固定種を守る取り組みを広げるために/野口 勲(東京保険医協会『診療研究』509号)

生物は、雑種になると、両親より成長が早まったり、大柄になったりする雑種強勢(heterosis)という力が働きます。これにより同じハウスで年に何回も栽培でき、大量生産が可能になります。また、メンデルの法則で、雑種の一代目の子は、両親のさまざまな対立遺伝子の中の優性形質だけが現れて、劣性形質は隠れてしまうため、できた野菜がみんな同じ形に揃います。この均一性は、箱詰や、店頭で同じ価格で販売するのに便利です。このため日本中の産地から出荷される野菜は、大量生産、大量消費に向いた、まるで工業製品のような食材になりました。
 いま国内のホームセンターやタネ屋で売っているタネや苗のほとんどがF1品種になっていますが、私がこうした大勢に背を向けて、時代遅れの固定種を専門に扱うようになったのには、二つの理由があります。
 一つは、固定種からできた野菜のほうが、おいしいからです。
 タネ屋の手伝いを始めた1970年代、私は父の命令で、全国原種審査会というタネのコンクールに出席しました。「金町小かぶ」というカブのタネのコンクールで、農業試験場の畑を借り、全国のタネ屋が出品したカブのタネを蒔いて、できたカブを比較して審査するのですが、父が出品した固定種の「みやま小かぶ」は、選外でした。入賞したのは全部F1品種で、私はその揃いの良さに目をみはりました。しかし、本当に驚いたのは、審査会終了後でした。出品した種苗会社のカブの専門家たち全員が、唯一出品されていた固定種の「みやま小かぶ」を、自分で食べるために持ち帰ったのです。
「F1のカブなんて、まずくて食えたもんじゃないからな」と、口々に言いながら・・。
 固定種の一粒々々のタネには多様性がありますから、同じ品種のカブでも生育にはばらつきがあります。早く成長したカブを収穫すると、空いた地面でのんびり育ったブが遅く収穫できます。一度タネ蒔きすると、長い間収穫できるため、固定種は家庭菜園に向いています。早く一斉に収穫したいプロの農家の選択肢からは外れますが、おいしいからこそ先祖代々受け継がれてきた、肉質緻密で歯切れがよくて甘い、本物のカブの味を味わうことができるのです。

URL:http://noguchiseed.com/hanashi/shinryoukenkyu.html

から抜粋

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食の安全は現代日本の喫緊の課題となりました。遺伝子組換え・残留農薬・放射能汚染・F1種問題と課題が山積しています。

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